西洋医学と東洋医学の原点は実は同じだった?
太古の昔、人々の間にはまだ医療という概念はなく、病気を悪魔の仕業と考えて、これを追い払うことに専念する巫祝(ふしゅく)と呼ばれる、人々の病を癒すシャーマンが活躍していました。そんな魔よけや占いに頼っていた原始的な医学から、人体を科学的に捉えていこうとする医学の出発は、西洋と東洋でほぼ時を同じくして始まったのです。
西洋では、医聖ヒポクラテスが、東洋では中国の伝説上の名医扁鵲(へんじゃく)が現れました。ヒポクラテスは病気の原因を、人体を構成している血液や粘液、胆汁などの体液の量的なバランスの崩れと捉えました。一方扁鵲は体内の気・血・水の量と巡りの不調和と想定しています。どちらも人体を構成する根元物質である液体や気体の調和に着目しているという共通点があります。そしてヒポクラテスの治療法は、発汗剤、下剤、利尿剤であり、扁鵲は、発汗、瀉下、利尿を行っています。治療法に至っては全く同じ考え方と言えますね。また西洋医学のもう一つの流れとして、宇宙にみなぎる”プネウマ”と呼ばれる東洋医学の”気”の概念と一致するようなものが生命の根元であるという学説も存在していたと言われています。このように西洋医学の原点と言われる古代ギリシャ医学と古代の中国医学の出発点はとても似ていますね。
同じような考え方で始まった東西医学でしたが、後にそれぞれが全く違う道を歩むことになるのです。古代ギリシャ医学がローマへと移り、ヒポクラテスに次ぐ名医と呼ばれたガレヌスが登場します。ガレヌスは、伝統的に受け継がれた学問を理論的に発展させることをしないで、人体というブラックボックスの中身に興味を持ち始めたのです。そこから西洋では解剖学や生理学が発達し、個々の臓器に着目する学問へと変化していきました。見方を変えればガレヌスは、体の中をのぞいてみたいという誘惑に負けてしまったとも言えますね。
一方中国では、それまでの学説に陰陽五行説が結びつき、自然界を大宇宙とし、自然の一部である人体を小宇宙とみる全体的な医学の体形が作られ始めました。人体を大自然の原理と同じと考え、自然の原理に従って生活すれば、人は健康を維持することができ、原理に従わないで生活すれば病気になるという考え方です。ですから、人間というブラックボックスの中身はどうでもよかったのです。また、ブラックボックスの中身を吟味して一つ一つの臓器について見地を深めていく西洋医学からは、養生という概念は生れにくいが、自然の摂理に則った生活をしていくことを無上の医学と考える東洋医学の思想は、養生学とも言えるのです。実はヒポクラテスも、病気の治療として、新鮮な空気、食事、休息、運動などの重要性を唱えていたが、これは理論化されることなく、ガレヌスの解剖生理学に引き継がれていくのです。ここが西洋と東洋の医学の分岐点となったのです。
東西両医学はまったく別々の学問体系をとりながら発展し今日にいたります。西洋医学は人類の歴史の中で多くの感染症や外科的な技術を進歩させ我々の命を救ってきました。そして東洋医学は、心の病や慢性病、さらには西洋医学で対応できない難病の克服などに力を与えてきました。西洋医学と東洋医学がそれぞれ別の道を選んでくれたことは幸いであり、我々、そして未来への大きな財産となっているのです。さらに進化をしつづける西洋と東洋の両方の医学の恩恵を受けることができる我々は、この偉大な歴史に感謝するべきでしょう。
最後に、現代医療の中で、ホリスティック医学の発展など、 西洋医学と東洋医学の融合は大変喜ばしいことです。そしていたる所で漢方薬は手に入るようになりました。しかし商業主義的な面も見え隠れしているのも事実です。 西洋医学と東洋医学にはそれぞれの役割を持っています。現代の医療現場において、漢方薬を安易に販売したり、西洋医学的な判断基準で処方することにより問題が起こることは決して少なくありません。漢方=漢方薬ではありません。漢方すなわち東洋医学の養生医学としての思想を理解し、なぜ病気になるのか、どうすれば病気を克服できるのかを、病気で悩んでいる方と一緒に考え、アドバイスし、その上で漢方薬を処方しなくてはなりません。漢方薬は症状や病気を治すものでははく、その方に今必要な自然の恵みを与えることにより、結果的に症状や病気が治っていくのです。長期間服用することの多い漢方薬の選定には、知識と経験、そして充分な観察と吟味が必要なのです。
